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僕が初めて君を見たのは 白い扉のいつものスナック
一人ぽっちの後姿の 君のうなじがやけに細くて
いじらしかったよ
上はもう40年以上前にパープルシャドウズが歌った「小さなスナック」の一節です。
ユーチューブを掲載しておきますので、それを聞いていただければ、スナックがどういうイメージだかお分かりいただけると思います。
歌を聞いてると魅力的な女性がいるイメージです。
今なら、さしずめ洒落たショットバーのような店内で伊東美咲さんのような女性が、憂い顔でたたずんでるといったところでしょうか?
この小さなスナックがヒットすると、スナックという名の店が雨後の筍のように開店したようです。
スナックの定義がなんであるか正確なことはともかく、カウンターの中にママがいる。
そして店の広さに応じて、接客する女性が1人とか3人とかいる。
ドリンクはウイスキーのダルマや角が中心で、ビールや日本酒に焼酎もあったけど、今のようにウーロン割とかはなかった。
ピーナッツに柿の種とさきいかなどの乾き物がチャームで出され、1人2千円から3千円がセット料金の相場でした。
ボトルキープ料が5千円から1万円ぐらいでした。
つまみはやサラミとチーズの盛り合わせとかウインナー炒め。
軽食に焼きそばとかピラフを出すところが多かったです。
そんなスナックに老いも若きもたむろしてたものですが、飲み屋の業種と形態が著しく変わっていく中で、スナックはいつの間にか若者たちから去られ、今ではおばちゃんが近所のご隠居を相手にしてるといったら過言でしょうか?
客がたくさん来て繁盛してるならそういうこともないんでしょうが、昔のように若い女性を雇ってるスナックなどあまりないでしょう。
少なくとも「小さなスナック」のようなイメージとかけはなれた店が多いのは間違いないでしょう。
東向島で見かけたスナック。
ビールは中瓶でなく大瓶で、軽食のメニューにおにぎりやお茶漬け。
店内がどういう感じか知りませんが、下町のご隠居や自営業の店主らが行くのでしょう。
そう、男はつらいよのタコ社長こと太宰久雄さんのような方々が集うんでしょうね~
それに着流しの滝田ゆうさんみたいな人がいたり・・・
ガールズバーが今なにかと話題になってますが、そんなもの30年以上前、横浜は関内にアーミーズバーというのがあり、仕事先が横浜だったこともあり足繁く通ったものです。
皆純朴ですれてなく、可愛い子がたくさんいた。
そんな彼女たちと飲みに行ったこともあるけど、今のように即物的な付き合いじゃなかった。
男と女が肌を合わせるのに理由なんかいらないというのは本能のままで、それじゃあまりにも淋しい。
そこにはそれなりのプロセスを経て、お互いの意思疎通があって然るべき。
飲み屋街では今夜も、狐と狸の化かしあいが繰り広げられるんでしょう。
そんなところから足が遠のいて、20年ちかくなるのかな・・・
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冠婚葬祭前日、礼服を虫干ししようと思ったらボタンが取れかかってたなんてことがままあります。
そうでなくとも近頃安かろう悪かろうといったものばかり購入してるせいか、ボタンが取れてるなど結構あるわけで・・・
糸とボタンがあればすぐ付けられるものの、それがないと買いに行かなければならない。
ところが、洋品店が近くにない。
となればユザワヤなど専門店はともかく、東急ハンズにでも行こうとなってしまう。
これが前日ならいいですが、当日、それも出かける間際となればそうはいかない。
昔ならどこにも商店街があり、そこに行けば生活必需品が最低限そろってたものですが、今はその商店街がシャッター通りと化してるところが多いし、商店街なるものがなくなってるところもあります。
昔から住んでた人が亡くなり、その後継者が親の死に目を転機にアパートやマンションに建て替えるとか、もしくは引っ越してしまう。
それで昔ながらの住人が少なくなっていく。
買い物は仕事帰りの途中で済ませ、地元で買い物をすることはあまりない。
それだけでなく時代とともに生活必需品自体、昔とはかなり変わってきてる。
それゆえボタンや糸など扱ってる用品屋さんの需要がなくなってしまってるというと、大げさでしょうか?
ユザワヤが地方にまで店舗展開してるんですから、そんなことはなく、必要としてる人が少なからずいるわけですが、個人経営では成り立たないのが実情でしょう。
洋品店だけでなく、金物屋は100円ショップに取って代わられてるし、本を読まない人間が多くなって、本屋の代わりにコミックや情報誌ばかりがコンビニの入り口付近をにぎわせてる。
それでも昔ながらの生活様式を通してる人がいて、ボタンや洗面器を買うのに電車乗ってというのは、間尺に合わないと感じてる人が多いのではないでしょうか?
私もその一人ですが、画像の鳩の街通り商店街のようなのが地元にあれば、どんなに便利かと思わずにいられません。
遠足や運動会の弁当といえばいなり寿司に海苔巻きとかが多かったんですが、今じゃそんな面倒なもの作る親も少ないんでしょう。
だから弁当箱代わりの経木、カンピョウやノリとか佃煮を売ってた乾物屋が姿を消していったし、洋品店や金物屋は言わずもがなで、商店街がシャッター通りとなって、そのうちコンビニとスーパーだけとなる日が来るのかも知れません。
画一的なものばかりしか手に入らない時代。そうなるかならないか、それは各自の行動しだいでしょう。
生活様式の移り変わり。
便利になったと感じるものがいる反面、不便な世の中になったもんだと嘆いてるのもいる。
頑張れ、鳩の街通り商店街!
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向島を初めて歩いたのは30年ほど前のこと。
上野から浅草へ行き吾妻橋だか言問橋を渡り墨提通りへ。
山歩きは好きだけど都会を何キロも歩くのは辛い。
それでも歩くことが好きな友人Sに付き合い、向島へ向かったものです。
この当時の私は永井荷風の濹東奇譚を読んでても、東向島を舞台にした滝田ゆうさんの寺島町奇譚のことは知りませんでした。
それに料亭がある町並み止まりまでで、私娼街の名残のある鳩の町商店街やいろは通り商店街まで行きませんでした。
それでも5歳年長のSは玉の井について話してくれ、なんとなくその雰囲気を察したものです。
日曜の夕暮れ間近、それも夏だったんでしょう。
汗を流そうと銭湯の煙突はないかと上を見ながら歩いてると、浴衣姿で二階の窓の敷居に座り三味線を弾いてる姉さんがいました。
柳橋芸者ならぬ向島芸者とでもいうのでしょう。
銭湯はないかと聞くと教えてくれ、Sが一曲歌ってくれと頼めば気安く口ずさんでくれた。
その姉さんにSが小石をまるめた千円札を窓にめがけると、粋なことするじゃないかと微笑んでたのを思い出します。
そんなことを思い出しながら一昨日、鳩の町商店街から外れた路地を歩きまわって来ました。
古民家カフェこぐまの裏辺りでしょうか?
路地に絵が描かれてました。
昔子供がいたずら書きするのにはろうせきでしたが、今はチョークです。
それでもこれを見て、訳の分からない絵を描いてた子供の頃を思い出し、そして音信不通となってしまったSさんは元気だろうかと・・・
見上げれば初夏にふさわしい青空。
浅草に寄ろうかと思うものの、足の調子が悪く5キロほど歩いただけで帰宅の途につきました。
大門で乗り換え中延から帰ろうか迷ってるうち三田に着いてしまい、火災発生で電車がストップ。
ホームにいる女子高生たちがツィッターで状況確認してるので動きそうかと聞けば、今停まったばかりでどうなのかと・・・
田町まで歩き蒲田に出ての帰宅となり、剣道着姿の女子高生たちも後からついて来てたようです。
玉の井の銘酒屋では赤玉ポートワインやカストリが主流だったのだろうか?
帰宅した私はホッピー飲んでグロッキーになってました。
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祭りの準備をしてる光景に出会いました。
今週末は浅草で三社祭が始まるし、各地で祭りが開催されるようです。
それが終われば朝顔市やほおずき市があり、夏らしい風物詩が待ってます。
来週はスカイツリーが営業を開始するし、浅草界隈は人の波でもまれるでしょうね~~~
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